スクリーンのあなたへ

スクリーンのあなたへ

今までに多くの女のひとを見てきた。多くの女性は僕に触れることなく、話しかけることもなく、そして気づくことさえなく時間の粒子とともに通り過ぎて行った。僕は映画館の客席にすわり、ただスクリーンを見ているようだった。彼女たちはスクリーンに登場するとその役柄のなかで僕との接点を演じた。それは高校のクラスメイトだったり、近所のパン屋さんの店員だったり、バイト仲間だったりしたのだけれど、演技が終わると彼女たちは「それはあらかじめ決められたスケジュールであったかのごとく」、それぞれの未来へとフェードアウトして行った。そうして僕は何者かの、もしかしたら僕の捉えきれないもう一人の自分が演出するオムニバス映画をただ観客席で見ていたというわけだ。映画のなかで、僕が好意をもった女の子がいた。本当に希にだけれど、僕に好意を持ってくれた女の子もいた。どこか懐かしい気持ちになれた。

ベットに寝転がって、真昼の天井をただぼんやりと見つめながらそんなことを考えていた。そしてふと思う。「僕の前を通り過ぎて行く女の子がいつも間にか『女の子』と呼べなくなってきているゾ。」愕然としたけれど、冷静になって考えるとそれは当然のことで女子大生に囲まれたおじさん(注)の生活というのは女子大職員でもない限り、やはり尋常ではない。

ときどきフェードアウトしていった彼女たちのことを考える。彼女たちの多くは今も僕の知らないどこかで生活しているのだ。

「トントン、あの頃は良かったね、君はセーラー服にポニーテールで毎朝、涼しそうな顔をして校舎へと続く並木道をディパック片方の肩に掛けて歩いていたね。 … 朝の8時30分からお昼の3時30分まで授業があったんだよ。 … 信じられる?」

そんなふうに語りかけることがふさわしいのかどうかよくわからないまま、過ぎ去りし過去に答えを見出せないままに午後のまどろみは終わった。街に出ると、春を待ちきれずにこぼれ落ちた陽気のなか、どこまでも素敵な彼女たちが黒のロングコートとブーツにお別れして春の装いでスクリーンに躍り出た。その瞬間、僕はもう一生分のチケットを使い切った気がした。そろそろ、客席を立とう。

注:これを書いていた頃の僕はおじさんではありません。もっとも当時の女子高生から見れば立派なオヤジだったのかも知れませんが。

hanalei malte 著「life, love, and the internet」

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