春に香る薔薇の音
ソファに深く身を沈める。5月も近い普通の日曜日だった。お昼まではまだ時計の長い針が一周少々。そういう時間の中にいた。そして、FMラジオのDJは静かに、香るようにスピーカーからあの曲を部屋いっぱいに広げた。頭の前の方が微かに疼き、あの曲は僕の記憶の断片を、心の奥深く、もう気づくことはなかったであろう領域から見事に取り出してきた。
初めての一人暮らしとアルバイトで、自分の世界が大きく回転した頃だった。社会に出ることの厳しさも、意味深さも、そして憂鬱さもわかろうはずもない10代の終わり。今から思うと何もかも一生懸命な毎日だった。
僕たちはその頃、終わりに向かっていた。どうすることもできない終わりに向かっていた。あと短い針が何十周かすれば彼女は彼女の新しい方向へ踏み出すことが決まっていた。そして、彼女の新しい一歩を引き止めるだけの理由は僕のどこを探しても見つからなかった。人が生きるべき方向へ進むパワーというのは恋愛をはるかに凌駕するものであると、その時初めて知った。短い針が目に見えない速度で、けれども着実に進むなか、僕は彼女を求め、彼女は僕を求めた。そして、短い針が僕たちの最後の何十週かを回るうちに、僕たちは恋愛のかたちの多くを体験したように思う。
ささやかだけれども、二人、朝の陽の中で朝食をとった。
その頃、流行(はやり)の映画を見た。
腕を組んで、とても買えそうにない服や家具をウィンドウショッピングした。
最後にナイフとフォークを使って食事をした。
彼女の欲しがっていた、メリル・リッツのCDを買ってあげた。
彼女は最後のヘアー・カットをした。
僕が日曜日のお昼にパスタを作ってあげた。
彼女はカメラを取り出して、雨上がりの風景を撮影した。
ショッピングカートを押して、夕食の材料を買った。
彼女は最後に冷たいナスの料理を作った。
最初から最後までとろけるように気持ちのいいセックスをした。
二人で書店に入り雑誌を買った。
彼女が大きなボストンバックを肩にかけて駅へ向かった。
ブランド名は忘れてしまったけれど、それは濃紺のシンプルなワンピースだった。たしか6万円くらいの値札がついていたと思う。今だったら「試着でもしてみれば」とか言えるんだろうけど、そのころは、そんな服に袖を通すことさえおこがましいくらいに貧乏だった。その時の彼女の言葉を今でも覚えている。
「こんな服いつになったら買えるんだろうね。」
もう、止めよう。たった一つの記憶の断片が、僕が遥か遠くに置いてきたはずのもう一つの断片を引き出しては、次から次へと止まらなくなった。もう、止めよう・・・。部屋いっぱいに広がる薔薇の香る音。もしかしたら君もこの曲を知っているかも知れない。
“The Rose” by Bette Midler
hanalei malte 著「life, love, and the internet」