interviewee num.1 hitomi
「今日はレッスンが2つあったのよ。もう大変なんだから。ジンライムちょうだい。」
彼女が現れたのは21時を少しまわった頃だった。
サックを床に投げ出すと、彼女ははじめにこう言った。それから煙草に火をつけるのかなっと思ったのだけれど、喉を壊すから煙草は吸わないと言う。ソバージュのよく似合う24歳の女性。気持ちのいいくらいにストレートでナチュラルな表情と話し方は、聞き手の心を逆なでするのを通りこし、心を直につかんでしまう不思議な透明感を持つ。4年前、フラメンコを習い始めた。実家の仕事を手伝いながら今も毎日レッスンをかかさない。今年からは、初級クラスのインストラクターも受け持つようになった。
「もうね、私のダンスなんて才能がある人のとは全く次元が違うの。よくわかってるのよ。彼女たちは自分のダンスの中で、その指先何センチかのところに、観客の視線や心をどのように、どれくらいの間ひきつけておこうかなんて感じで才能をおしみなく注ぎ込むのよ。もう、超能力の世界ね。私がいくら搾ったところでそのショットグラスの半分も満たせないくらいの努力の混じった才能でがんばってるのに、彼女たちはピッチャーでジャブジャブ流し込めるくらいに持ってるの。彼女たちのかく汗さえが透き通った才能のしずくに見える。でもね、こうなったら意地なの。負けられない。もうホント、意地でやってるわ。 (沈黙)・・・・フラメンコの衣装ってね、すごく高いのよ。私なんて生地買ってきて自分で縫ってるわ。ミシンの使い方なら勝てるかも知れない。ほんと上手いんだから。」
店を出てふたりJRの駅へ向かった。彼女の家はかなり郊外にある。終電に間に合うのだろうかといらぬ心配をしてしまうほどに遠い。彼女の住んでいるところだけど、同じ県に住んでいながらそんな街があったなんて実は今夜まで知らなかった。
線路を挟んで向かい側のプラットホームに彼女は立っている。首筋で彼女のソバージュが夜の風に揺れているように見えた。電車が来るまでの15分間、彼女はこちらを振り返ることもしなければ、体の向きを変えることさえしなかった。
西の方から雨は確実に近づいている。湿気を帯びた春の夜風に吹かれ、じっと立ちすくんだ彼女は自分の未来に何を見、何を抱いているのだろう。その小さな背中から何かを汲み取ろうとしたのだけれど、僕にはどうしてもわからなかった。彼女と僕を風がうずまき、その風の匂いが何かを運んで来ているように思えてならなかった。
hanalei malte 著「life, love, and the internet」