interviewee num.2 sayuri

interviewee num.2 sayuri

彼女が魅力的である理由は少しばかり変わっていた。あるいは彼女に魅力を感じることは、ある種の人間に限られた感覚なのかもしれないけれど、とにかく彼女は魅力的だった。少なくとも僕はそう断言できる。

はじめて彼女を見たのは半年くらい前のことだった。彼女はテニススクールの初中級クラスでレッスンを受けていたのだ。第一印象はおとなしく目立たない女性。年齢は二十代の前半にも後半にも見えた。はじめのうち、彼女は地味で無口な女性として、ただ黙々とボールを追いかけているに過ぎなかった。

「可もなく不可もなく。」
「それ以上でもそれ以下でもない。」

そういう表現がぴったりの女性だった。彼女には多くのスクール生の中でその数に埋もれるには十分過ぎるくらいにアピールするものが何もなかった。彼女の存在はどんどん小さくなり、そのうちには隣のコートで彼女が練習していることさえ人は忘れるようになっていたのではないだろうか。

そうして何ヶ月かが経過した。地球は昼と夜を繰り返し、おびただしい数のジャンボジェット機は成層圏を這って、その上空で月が満ちては欠けた。そんな中、はたと気づいたときにはすでにその瞬間が訪れていたのだ。そう・・・、いよいよ彼女の魅力が溢れ出していることに気づかずにはいられなかったのだ。世の中にはそういう種類の魅力もあるものだと僕は愕然としたし、それは新鮮で心地よい味わいでさえあった。

テニスコート上にはいろいろな人がいる。それはわかっている。それをわかったうえで言うのだけれど、少なくとも僕たちの練習しているテニススクールはヴィジュアル的には(その他多くのテニススクールがそうであるように)、ナイキやアディダス、ヨネックス、プリンス、ウィルソン、ル・コック、セルジオ・タッキーニ、セント・クリストファー、ディアドラ、フィラ、ヘッド、・・・、に包まれた世界なのだ。そんな世界で彼女は全く意外な魅力を発した。文章で伝えることは恐ろしく難しいし、そしてたとえ上手く伝えることができたとしてもとても共感してもらえるとは思えないが、伝える努力はしてみようと思う。

髪はストレートのロングでいつも後ろで束ねていた。おさげにしていると言えばわかりやすい。髪を止めているのはいつも決まってカラーゴムだ。そう、柔ちゃんがやってるようなやつだ。どんなに目を凝らして見ても黒髪のみでヘアカラーはしていない。シューズはナイキのようであるが表面のコーティングがはげてかなり古くなっている。ラケットは最近のモデルではなく、いやもしかしたら1万円以下の廉価モデルかもしれない。ウェアの下はいつも白のスウェットだった。ショートパンツなんて絶対にはかなかった。Tシャツにナイキやアディダスのロゴはない。いつもチェーンの錆付いたような自転車でスクールに通ってくる。練習中もワイワイ盛り上がることなく、静かにおとなしく、でも一生懸命に練習していた。友達もいないようだった。

その日は初夏を思わせる5月の陽気だった。レッスンが終わり、思わぬ暑さに吹き出す汗をタオルでぬぐいながらナイキ、アディダス、エトセトラ女子が自販機に群がるなか、彼女はコートサイドでひとり、鞄から水筒を取り出したんだ。「今日はほんと暑いわね。まったくね。」って感じで蓋を回し、中栓を緩めて蓋をコップにしてお茶をおいしそうに飲んだ。

少なくともテニスに関していえば、彼女は流行を気にしていないようだった。ただ、彼女はそのことに関してなんら引け目を感じていないように見えたし、彼女は自分に自然なスタンスそのままでテニスコートにいた。その流行を追わないヴィジュアルと、自分らしさを素直に表現できる振る舞いに、とにかく僕は参ってしまっていた。そうして、テニスコートは彼女の魅力で満ち足りた。

Some weeks later, and it’s the first and the last, …

「篠田さんですね、僕は堀田と言います。もしよかったら今度テニスしませんか?」
「ありがとうございます。是非、誘って下さいよ。あっ、でもわたし、今日でしばらくの間、お休みします。秋くらいまで、・・・。」

初めて聞いた彼女の声、間近で見た彼女の表情、彼女の口調、その抑揚、そして彼女の空気。彼女の目が僕を覗き込んで、それからうつむき加減に彼女が少し赤くなるのがわかった。ただ一度だけ、その瞬間、春の風が吹き抜けた。

その後、彼女がテニススクールを退会していたことを知った。
今年の春も終わろうとしていた、そんな5月の日曜日だった。

hanalei malte 著「life, love, and the internet」

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