春夜恋
音もなく、温(ぬる)くどこか気だるい外気の塊が動くとき、春の夜風は誰かの恋の想いを運んでいるという。ひとり、部屋の机に向かいて静かに君を想い、ただどうにもならぬまま、ふたりの想いは近づき遠のき、交わり平行線を辿り、そして満ちては引いていくつもの夜を進めた。
君の微笑み、少し困ったときの表情、涼しげな装い、奇麗な指、素直な情感、そういう空想に満たされる瞬間が断片的にわたしを襲う。ある瞬間、無意識にわたしの中で飽和し、そして蒸発してあとにはただ空しさだけを残す。
どうすることもできないままに時間だけが刻まれて、とんかつ定食のキャベツみたいに山盛りになった。オーダーもないのにそんなにたくさんキャベツ盛りの皿を準備してどうするの・・・。
ベランダに出て外気に触れる。春の夜空を見上げ、物憂い自分を優しい外気の中に置いて問う。君が泣いた夜、君がささやいた夜、君が濡れた夜、君が迷いあぐねた夜、君が安らかに満たされた夜、君がお喋りで止まらなくなった夜、君が沈黙した夜、君といとおしく迎えた夜明け、それらは春の夜の幻か。
外気が塊となって流れうごめいた。わたしの肌を温くざらざらと舐めるように、音もなく轟々(ごうごう)と攪拌(かくはん)されし今宵、春の夜、あまねく恋の嵐が吹き荒れる。
春夜恋(はるよこい)。
hanalei malte 著「life, love, and the internet」