モウスコシダケ、ウミホタル

モウスコシダケ、ウミホタル

皮肉にも彼女は僕の知りうる友人のなかの誰よりも気持ちの良い女性だった。彼女を見た瞬間にそれは決定され、その後も微塵のゆるぎなくその地位にとどまった。その時点において、僕が断言し得た唯一にして完結した事実。突如現れた専制的でさえある彼女の存在理由に一切の意味づけは必要なかったし、そもそも理由を意識すること自体愚かな、いわばそれは明白な定理だったのだ。

夜の東京湾を風が舞っていた。湾の中ほどに頭を出した人工島から、ぐるりと取り囲んだ湾岸沿いの都市の明かりを遠くに眺める。列島に張り付いた都市の明かりは夜空を低く焦がし、人間の営みがそこにあることをただ寡黙に明示していた。自分があの光の中から来たことも、そして再び吸収されゆくことも、やりきれない現実。

羽田空港から離陸した夜のフライト便が東京湾上空で高度を上げてゆく。窓のひとつひとつを数えることのできる機影は少し背伸びをすれば手に取れそうなくらいだった。時間は主観的に過ぎて機影は小さくなりゆき、さらには小さな瞬きとなってやがていつしか瞬くことさえやめ帰ることのない闇へと吸い込まれた。

ウミホタルの青い光は依然、僕たちを静かに包み込んでいる。東京湾の闇の中、青い光が灯り潮風巻くここは現実の東京。けれどそれは現実と呼ぶにはあまりにも不確かな世界だった。本当の現実世界は彼女が機体の窓の光のなかへ、そして僕が対岸の都市の光のなかへと溶け込んだあとに再び回り始めるのだろう。 … モウスコシダケ、ウミホタル … インターネットの世界で出会い、今夜、現実の世界で初めて彼女を見た。ふたつの世界が歪(ひず)み、ギシギシと音を立てるなか、ここはふたりに許された精一杯の領域。

hanalei malte 著「life, love, and the internet」

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