彼女の忘れられない最後の教室

彼女の忘れられない最後の教室

「直美どう?」
「うん、結構いそがしいよ、最近。」
「もう慣れた?」
「わかんない。今も親とは上手く行ってないし。」
「喧嘩してんの?」
「うん。ずっと前からだけどね。」
「わたしはもう少し我慢する。あと1年とちょっとだけ。直美がやめてから学校で話し相手いないんだ。」
「ごめん。わたしね、今、専門学校で簿記とか取ってんの。あとコンピューターの授業とか。」
「ふーん。税理士とかなんの?」
「何それ?」

彼女が学校をやめると言い出し、彼女の母親がそんな勝手な真似は絶対にさせないと言い返し、それでも彼女は「ここはわたしのいるべき場所じゃないの」と突っぱね、母親は教師(僕)に何とか説得してくれと泣き付いた。三者面談は放課後の教室に差し込んだこのオレンジ色の西日のようにある種の緩慢さをもって忍耐強く続いた。何度目かのチャイムが鳴り、校庭で部活動をしていた生徒たちもそろそろ帰り支度を始めている。僕たちの方も結論が出るわけでもなく、今日のところはお開きということになった。直美は母親とは一緒に帰りたくないらしく、そのあとも教室に残って窓から外を眺めていた。薄暮(はくぼ)に沈みゆく校庭とその上に浮かんだ晩秋の空が冷たい空気を教室に運んで、その凛とした冷たさだけが今の直美を支えているように思えた。教育者として、一人の人間として、僕は彼女に何か言うべきだったのだろうか。結果として僕は何も言えなかった。ただ、17歳の彼女が精一杯、自分自身について大切に考えてくれることを望んだ。

hanalei malte 著「life, love, and the internet」

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